現在不動産を所有している方へ~今からできる相続税対策とは~
所有している不動産は相続税の課税対象です。そこで価額の大きな物件を持ったまま亡くなられてしまったとき、相続人に対して大きな相続税の負担となる可能性があります。また、総資産に対する不動産比率が高いと相続税の納税資金が不足して、相続財産を売却しないと納税できないことになり、また、相続人の固有資金から納税の負担を強いることにもなりかねません。
しかし、生前の対策なら一定の有効な対応も可能です。現在不動産を所有している方に向けて、いくつか相続税対策の方法を紹介していきます。
相続税対策の2つの方向性
宅地や農業地、居宅、店舗など、不動産の種類によっても具体的な対策方法は異なりますが、相続税対策の基本的な考え方、方向性としては2種類を挙げることができます。
1つは「相続財産の評価額を下げる」ということです。
相続税の負担は、物の種類に応じて一定額に決められているわけではありません。まずは物を個別に評価し、「この土地は〇〇万円」「この建物は△△万円」などと価額を評価することから始まります。そしてその評価額を相続税の計算に用いて、全体としての納税額が決まります。
そこで財産の評価を下げることができれば、相続税の負担も小さくすることができます。不動産の場合は工夫次第で評価額を下げることが可能な場合もありますので、その工夫を相続税対策として検討することになります。
もう1つは「相続財産を減らす」ということです。
評価額を下げることができなくても、相続財産自体を減らすことができれば、課税対象となる財産が減りますので相続税の負担も小さくなります。不動産に関しても、これを生前に贈与することで相続税対策とすることが可能です。
なお、相続対策としてする贈与を「生前贈与」と呼ぶことも多いですが、内容は一般的な贈与と違いありません。
対策①:不動産を賃貸に出す
不動産の評価額を下げることで相続税対策とするには、不動産を賃貸に出すことが有効です。具体的な対策内容を見ていきましょう。
借地として他人に貸す
土地は、建物のように経年劣化による大幅な評価減が見込めないため、立地によってとても高い価額で評価される可能性があります。
しかし、他人に土地を貸している場合は「借地権」の付いた土地であるとして、数十%もの評価減が期待できます。
もし、所有している土地が更地である場合は、そのまま放置して相続を待つのではなく他人に貸すという選択も視野に入れると良いでしょう。評価額を下げるだけでなく、そこから賃貸収入が得られるという恩恵も受けられます。
借地権を設定しますと、借地権料が借地権者から支払われ、これは譲渡所得として所得税が課されますので注意が必要です。借地権料として得られた現金は、納税後の残余は、生前贈与等で活用できます。
将来的には子どもや孫に土地を使って欲しいという願いがある場合でも、「定期借地権」を設定することでこの問題を解決できます。一定期間が経過したときは所有者に返還しないといけない、という条件付きの借地権です。厳しい条件が付くほど借り手はつきにくくなりますが、期限付きの借地権の設定も検討する価値はあるでしょう。
アパートやマンションの経営
所有している土地にアパートやマンションを建築し、これを賃貸物件として経営していく方法もあります。
建築費が高騰しており建築費等の初期投資の規模が大きくなりますし、賃貸物件の経営をしていく必要があり、難易度は高めです。しかしその分得られる節税効果も大きくなります。次のように3つの節税効果が得られます。
- 土地の評価減:
マンションなどが建築された土地は自用地ではなく貸家建付地として評価されることになり、借地権の割合に応じて大幅な評価減が期待できる。 - 建物の評価減:
土地の上にアパートやマンションを建築することで、新たな相続財産が発生することになるが、その不動産も他人に貸すことになる。そこで土地の評価は、貸家建付地として数十%もの評価減をした上で相続税の計算を行うことができる。 - 債務の増加:
マンションなどを建築するにあたり銀行等から借り入れを行うケースが多い。そうすると借入金が債務として相続財産の一部を構成し、相続税の計算上、その債務額を控除することができる。現金一括で支払った場合はこの債務が発生しないが、現金が少なくなる分、相続税対策にはなります。
土地を駐車場として利用する
駐車場という形で他人に土地を利用させ、評価額を下げるというやり方もあります。
前項の「アパートやマンションの経営」という対策を取れる人物は限られていると思われます。大きな経済力を持っている必要がありますし、マンション経営等の知識も必要です。
駐車場経営はこれに比べると難易度が低いです。
まず、初期費用が比較的少なくて済みます。もちろん整備された駐車場の方が集客はしやすいですが、大掛かりな装置や工事を行わなくても駐車場経営をスタートさせることは可能です。
また、借り手が住まいとして土地を使うわけではないため、法的な手厚い保護の対象からは外れます(借地借家法の適用を受けない)。そこで、駐車場経営を止めて別の使い方をしたいと考えたときでも、柔軟に転用しやすいというメリットが得られます。
注意点
「不動産を賃貸に出す」という方法で節税効果を狙う場合、次の点に注意が必要です。
① 経営に失敗して損失の方が大きくなってしまう可能性がある
② 遺産分割の方法、取得をめぐって相続人間で揉める可能性もある
③ 認知症などより判断能力が低下して適切な不動産の賃貸運用ができなくなることがある
④ 収益性が上がることで現金・預貯金が増え、相続税の負担が大きくなってしまう
相続税対策として不動産を活用する場合は、プロの意見も聞くことが大事です。現状に合った選択をし、運用開始後も相続税対策に向けて柔軟に対応していく必要があります。
対策②:不動産を生前贈与する
不動産を生前贈与することで相続財産を減らしておくのも効果的です。ただしこの場合、相続税はかからなくても贈与税が課税されますので、相続税は税率が非常に高いので、贈与税の仕組みを理解した上で生前贈与を検討する必要があります。
相続時精算課税制度を利用して贈与する
贈与税課税の仕組みは、原則として「暦年課税制度」に基づいています。1年間に行われた贈与の価額を合計し、基礎控除額110万円を差し引いた額に対して税率を乗じて税額を算出します。
これに対して「相続時精算課税制度」という課税の仕組みもあります。別途手続を行うことでこちらの制度を選択することができ、同制度に基づいて贈与をしたときは、相続時に精算を行うことになります。
※相続時精算課税制度を利用するには、贈与者が60歳以上であって、受贈者の父母・祖父母でなくてはならない。また、受贈者側にも18歳以上という条件が課されています。
同制度では、1年ごとの精算は行いません。贈与額を累積し、2,500万円までであれば相続時に精算。2,500万円を超えた部分に対しては一律20%の贈与税が課税されます。
ただし、同制度を利用することが常に相続税額を下げることにつながるとは限りません。贈与時の負担を下げられる、というのが同制度の一番の効果であって、大幅な節税効果が望めるものではありません。
そこで、「あらかじめ贈与しておくことに意味がある場合」に検討すると良いでしょう。例えば今後価値が増していくと予想される場合には効果的かもしれません。相続時に含める贈与財産の価額は「贈与時の時価」で計算しますので、相続で取得させる場合に比べて低い価額で相続税の計算をすることが可能です。
配偶者に不動産を贈与する
贈与税課税の特例として「居住用不動産を夫婦間で贈与するとき、最大2,000万円まで控除できる」という配偶者控除の制度が設けられています。
暦年課税制度では年間110万円の基礎控除が適用されますので、例えば2,000万円の不動産を贈与すると単純計算1890万円が課税価格となります。
しかし配偶者控除を使えば基礎控除110万円に2,000万円を加算した2,110万円まで控除することが可能です。そのため2,000万円の不動産を贈与しても課税価格は0円であり、非課税で生前贈与を行うことが可能となります。
ただし、特例を利用するにはいくつか要件を満たす必要があります。
まず、夫婦の婚姻期間は20年を超えていなければなりません。また、贈与対象の物件は居住用でなくてはなりません(または居住用の物件を取得するための金銭でも良い)。同じ配偶者からの贈与に関しては1度しか適用を受けることができませんし、取得した不動産に実際に住むことも求められています。
注意点
不動産を生前贈与する場合、次の点に注意すべきです。
① 相続開始前3年以内にした贈与については相続税の計算に含めないといけない
② 生前贈与を受けた特定の人物だけ得をしたとして相続人の間で揉める可能性がある
③ 名義だけを移しても贈与があったと評価してもらえない
④ 配偶者は同一世代であり、二次相続では不利になる場合がある
⑤ 登記費用がかかり、妻にも所有者として固定資産税が課される
生前贈与加算のルール(①)がありますし、契約書を作成することや実質においても贈与した不動産の権限を受贈者に移す必要があります。また、できれば生前贈与することに関して家族間で公明正大に話し合っておき、紛争を予防するよう努めましょう。
対策③:不動産を売却する
不動産の贈与ではなく、売却という形で相続財産を減らすことも可能です。
ただし、一般的には現金より不動産を所有する方が節税対策になると考えられており、単に現金へと換金するだけだと節税効果は期待できません。そこで次の対策を検討してみると良いでしょう。
売却で得た金銭を贈与する
不動産を贈与や相続により受け取った相続人が、それを有効活用できない可能性もあります。自宅をすでに持っている、マンション経営などを行う気がない、など不動産より現金の方が望まれている可能性もあります。
このような場合、不動産を売却するという選択肢も視野に入れると良いです。
ただし、不動産を売却してもそこから得られた現金に対して相続税は課税されますので、可能であれば節税効果を得るために贈与税の特例の利用を考えてみましょう。
例えば次のような特例を使った資金の生前贈与を検討すると良いです。
住宅取得等資金の贈与 | 家を購入するための資金を目的とした贈与などに対し、1,000万円までを非課税にできる。 |
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教育資金の一括贈与 | 学費などを支援する目的で資金を贈与したとき、1,500万円までを非課税にできる。 |
結婚・子育て資金の一括贈与 | 結婚資金や子育て資金を支援する目的で贈与したとき、1,000万円までを非課税にできる。 |
それぞれに満たすべき要件がありますので、税理士に相談して利用できる特例がないか確認しておくと良いです。
納税資金として現金も確保しておく
現金や預貯金に関しては節税対策を取ることが難しく、不動産などの物に変換した方が節税にはなります。しかし現金などが一切残っていない場合、相続人らに納税の負担をかけてしまう場合があります。
納税は原則現金で行う必要があり、物としてしか相続財産を得られない場合、相続人は生活資金を切り崩して納税しないといけません。そのため現金も納税資金用にある程度確保しておくことが大事です。そこで残しておく必要のない不動産があるときはこれを売却し、納税資金として残しておくことも検討しましょう。
また、現金が残っていると残された家族の生活資金としても使いやすいです。
注意点
売却をする場合は、取引価格の交渉や物件の将来性などに着目することが大事です。
急いで売却しようとしては適正な価格での取引は難しいです。これに対してじっくりと取り組むことができれば、複数の業者に査定してもらうこともでき、本来の相場が把握しやすくなります。時間をかけることで、希望条件価格での取引を受け入れてくれる買い手が見つかることもあります。
また、将来性についてですが、物件の価値が上がる見込みがあるときは値上がりしてから売却をした方がお得です。しかしながら、この判断は容易ではありません。いつまでも売却のタイミングをうかがっていると、高値で相続税の計算をすることになるかもしれません。このような場合は売却以外の選択肢も検討すると良いです。
例えば早めに生前贈与しておけば少ない贈与税で譲渡でき、その後価値の上がった物件を相続人が所有できます。(贈与については贈与税が効率で課されますので、税効率が悪くなりやすいため、慎重に検討が必要です。)
一般に不動産を贈与することは、贈与価額が高額となりますので、あまり行われません。
不動産に関する節税対策は1つではなく、複数の選択肢から最適なものを判断する必要があります。評価をするためにも専門知識が必要であり、現在の価格、将来性、税制など、幅広い知見を要します。気になることがある方、不安がある方などは、相続問題に強い税理士に一度相談してみてはいかがでしょうか。